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子育て・教育

子育て・教育


自由と責任

自分自身の事に責任を持つのは当たり前。
子どもの教育に関しても、僕ら親が責任を持って自由に育ててる。
というか、特に子どもたちに何かを教えようとしている訳ではない。

信頼して待つ

この生活では大人が「仕事、遊び、生活」の分け隔てがない。
子どもたちも大人のする、大工仕事、料理、田んぼや畑、陶芸の作業、などの作業を何でもこなす。

どの子も2、3歳になると、何をやってても「やらせてー。」を連発する。
その時に出来るだけ「本物の道具」でやらせる。

料理の時はよく研がれた包丁。
大工仕事なら鋸や金槌。

実際に、4、5歳にもなれば、戦力的に本当に助かるというレベルになる。

今の野遊ならインパクトドライバーから、小型のチェーンソーも使える。
料理も一人で薪調理で、完結できる程になってきた。

もちろん、その子によって、興味関心は違う。
こちらから押し付けたり、「〇〇したらどう?」と促したりはしない。
いつまでにしないといけない訳でもない。


学校

今現在、野遊(のゆう、11歳)、土歩(どっぽ、9歳)、にこ(5歳)。
幼稚園、保育園、学校に行くか行かないかを本人が決める。

今の所、野遊は毎日学校に通う。
土歩は行ってない。

小学一年生になった時、野遊はワクワクで行った。
一週間ぐらいして、「今日は行きたくない。」と言いだした。
色々理由を聞いてると、
「先生はやさしい。」
「勉強も面白い。」
「友達も出来て楽しい。」
「でも、何か分からんけど、行きたくないんや。」
「何かあの雰囲気がなー。」と。

そこで、親として「わかった、行かんでもええよ。」と言った。
そこからはホームスクーラーとして、家で学ぶということになった。
それでも、遠足や運動会には必ず、自分の意思で「行く!」と張り切って行った。

ホームスクーリングという言っても、特に家で勉強を教えたりはしない。
聞かれたことは教える。

行くことが、いい訳でもいけない訳でもない。
行かないことが、いい訳もいけない訳でもない。

大切なことは「自分の意思で決める。」という事。
子どもたちが自由にその選択ができるベースを親が作る。
これは僕ら大人にも言える大切なキーワード。

3年生~4年生の1年間は毎日行った。
ところが、遅刻もしないし、宿題も忘れ物を絶対にしたくないという真面目さからか、4年生の秋ごろ、右半身がアトピーのような強烈な肌荒れになり、実質的に行けなくなった。

それからまたホームスクーリングの日々。
今は6年生の1月から、また毎日通ってる。

土歩は一年生の時の最初に何日か行った切り、今は行ってない。
遠足の時以外は。

では学校に行かない日常の子どもたちは何をしてるのか?

何もしない訳にも行かないので、何かしらやってる。
例えば、今の土歩なら鋸や金槌を使って、武器作りをする。
近くの川でカメを捕まえたり。
土歩専用の菜園を作って、野菜を育てたり。
鶏の餌やりも率先して毎日やってくれてる。


デモクラティックスクール

これらの教育方針のバックボーンには、「デモクラティックスクール」がある。
兵庫に「まっくろくろすけ」というデモクラティックスクールがある。
そこへ見学に行った時に驚いた。

時間割なし、チャイムなし、カリキュラムなし。

では一体何をしてるのか?
そもそも、そこは学校なのか?

学校の運営から、子どたちが何をするのか?を日々ミーティングによって決める。
子どもたち同士のトラブルもミーティングによって解決する。

少数のスタッフと呼ばれる大人はほとんど見守るだけ

あまりにもビックリしたので、本家とも言うべき、ボストンにある「サドベリーバレースクール」に行ってきた。

そこは4歳から18歳の子が200人同時に通う、大きなデモクラティックスクール。
そこには40年間培われてきた「自由な空気」があった。

芝生の広大な芝生や石造りの校舎にはゴミ一つ落ちていない。
それはかつでゴミで困った時に子どもたちがミーティングで「持ってきたものには必ず名前を書く。」というルールを決めた。
自分たちで決めたルールだから、必ず守る。
それでゴミ問題は解決したそうな。

子どもたちは一体毎日何をしてるのか?

フリスビー
バスケ
スケボー
テレビゲーム
楽器
木陰で読書
ビリヤード
絵を描く

ほとんど遊んでるようなものだったけど、その中で確実に読み書きなどは上の子らを真似て自然と学習するのだそう。

とにかく、「常に自分」なのだ。
自分の意思で生きる毎日。

他人に理不尽な命令をされない
不当に比べられない
不要な競争をさせられない

釣りばかりを3年間やった子がいたそう。
親が心配して、「ウチの子は釣りの事しかしていない!何とかして下さい。」と。
でもスタッフは何も言わずに見守りながら、「今までにもそういう子はたくさんいました。今情熱を傾けていることを辞めさせる事はできない。」と言ったそう。
そのうちにその子はコンピューターにハマリ、その次はバスケットボールという具合に興味関心のままに好きな事をして、大学を卒業したと。

そこから帰り、自然とうちでも、そこで感じた雰囲気を大事にしている。

毎日子どもたちを見てて、思う。

今やりたい事を辞めさせて、何かをさせる事はできない。

反対に、やりたい事がないのに、何かを勧めることも出来ない。

ただ、ここは一家庭であり、スクールのような公共の場所ではない。
ご飯時にはみんなで手伝いあって作るし、片付けが出来ていない時には大声で怒鳴ることもある。

何より、子どもがワクワクしてるかどうか?
そんな事は子どもたちの表情やヤル気を見れば分かる。
やりたい事には情熱を注いでいくらでもやるし、やりたくない事は絶対にしない。
これは大人も子どもも一緒なのだ。

まず、自分たち親である大人が毎日ワクワクして仕事や生活に取り組んでるのか?
そこが一番大事。
冒頭にも書いたが、「仕事=遊び=生活」なのだ。

そこで子どもたちは自然と学び、成長する。

餃子作り
みんなで餃子作るのも、楽しんでやる。

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