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2013年 自給自足合宿の資料作り(一軒目の廃材の家の写真)

ここの所、毎日PCの前が仕事になってる。

廃材天国HPで募集してた、9月の「自給自足合宿」に向けての資料作り。
お盆前で定員となり、募集は閉め切った。
パワーポイントや動画の編集という慣れない事に挑戦中。

一軒目の廃材の家の生活の時からの写真の整理。
当時はデジカメが普及してなく、フィルムカメラなので、ネガとプリントの同時に整理した。
せっせとスキャナーで取りこむ作業。
最初、BMPとかいうヘンテコな拡張子になって、JPGに直すのに苦労した。
これも必要に迫られての作業だが、いい機会になった。
「PCは苦手やしー。」とか言うことそのものがうっとおしくなってきた。
そういう部分はこういう機会に攻めて陥落させる。


一軒目のスタートは河野さんの土地を借りての、電柱掘っ立て工法。


弟の源にも一日だけ手伝ってもらった。


背丈ほど、電柱を埋めた。


7mを超えるサイズの電柱を30本以上もらっての廃材建築スタート。


軽トラの上に2段組みの足場は超揺れる。
足場を上がり降りするだけでかなり消耗した。
今より格段に段取りが悪いので、何が忘れては取りに降りたりの繰り返し。

ユンボのキャタピラ外して、入れるのに半日かかったり、、、。

ハタと立ち止まって、次の分からない工程に悩み、途方に暮れたり、、、。

近所のおばちゃんとしばらく話込んだり、、、。

ユンボでダンプに土を積む際に壊して、大ハンマーで叩いて直したり、、、。

竹藪の竹を燃やしてて、山火事出しかけたり、、、。

作業中に解体現場があると聞けば駆けつけたり、、、。

近所の山積みにスクラップの車を積み込んでる所のおっちゃんから、廃ガソリンをドラム缶単位で分けてもらったり、、、。

思い出せば、思い出す程、今の自画杜撰悠々ライフの礎となる時期だったように思う。
当時は「ゲリラ的自給自足」という設定だった。

確かに、アレコレ考えずに徹底的に廃材を漁り、テキトーにくっつけまくるという建築。
今では色んな知識やスキルがついてしまってるけど、当時はそれで精一杯。
また、それが楽しかった。

どうやったらいいか?
分からなくて上等。

とにかく自己流で毎日朝から夕方まで延々と作業した。
14か月間。
それで、写真の陶芸の工房と住居、穴窯と3点セットが揃い、自給自足陶芸家としてスタートした。

それが2001年。
13年経ち、当時では考えもしなかった今の生活に至る。

さあ、これからまた5年、10年と経ち、更なるステージに向かうのか!
そう思うと感慨深い。

しかし、目標や夢などない。
夢は実現したからね。

目標は自分の想像を超える事だ。

自分に想像できる人生なんか飽き飽きする。

自分には思いもつかない自分になる。
そこにワクワクするし、モチベーションが上がるのだ。

拡張子を変えることもユンボのキャタピラ入れるのも、稲の苗作りも、味噌作りも、やった事のない者には全く出来っこない芸当。
それが、一回実体験すれば次からは出来て当然。
出来る事はしごく当たり前。
なぜって?
出来るようになってるから出来るとしか言いようがないぞ。

そう、出来て当然なのだ!
人のやってる事なんてたか知れてる。
みんな出来て当然の事をしてるだけ。

廃材天国なんかも一緒。
大した事してないって。

でも、、、!
ココがポイントなのだ。

誰にでも出来る事を
誰にも出来ない情熱を持ってやれ!

自給自足合宿に臨む者よ!
この13年のノウハウをあますことなく披露する。
楽しみにしておれ!!!

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